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2008年6月14日土曜日

ニコチン離脱症状

一昨日からニコチンパッチを外して、もう完全に禁煙状態にしても大丈夫だろうと普通に過ごそうと思っていたら大間違い。
ニコチンの力を完全になめていました。最初肺の奥から深く煙を追い求める様な欲望がむくむくと膨れあがり、24時間過ぎた辺りから定期的に意識が飛び、後頭部の一部分に痺れを感じる状態。
久しぶりにかなり強烈です。そりゃあ禁煙がやっぱり難しいのはこれがあるからなんですね。
しかしなんとか二日間 同僚に訳を説明しながらそこそこで仕事を切り上げなんとかこの3日間を乗り切ることができました。
今は深ーい眠りと覚醒した目覚めが交互に短いサイクルで循環しているような感じで発作のピークは過ぎ去った感じです。
ニコチンパッチをすることによって離脱症状と喫煙行動がしばらく関連付けられていなかったお陰でいつもなら自分の人格を越えて煙草を買って吸ってしまう悪魔の力から逃れることができました。といっても処方指示から5週間位前倒しで一気に外しにかかったのも原因だと思いますが、何を持ってしてもこの禁断症状を乗り越えないで済む方法はないのだということを、はっきりと理解しました。
後はこの健康な状態を一日一日のばして行きたいものです。

2008年6月11日水曜日

昨今の事件について

この間の秋葉原の事件は言葉も出ない程の凄惨な事件でしたが、こういった事件が定期的に起きていて、またか、という感じになってしまう自分ですが、やはりそういう世の中って異常ですよね。いつもこういった事件の背景に派遣社員の孤独な労働環境や、ネットカフェ難民といったことに関連づけられて報道されることが多いですが、本当にそうか?と思います。そういったことが語られることによって、その殺人を犯した人間の許されざる罪の独立性が薄れてしまうような気がします。あたかもそういった境遇にいる人がそういった犯罪を犯しうるような刷り込みがこう言った報道によってされてしまうのではないでしょうか。もちろんその犯罪が起こるに至る経緯や理由はその個人の背景を通じて追求されるべきだと思いますが、昨今は中学校の文集の内容の資料だけを紹介し「この犯罪者の攻撃的な一面が見て取れる。」
みたいな簡単でワンパターンの報道でおしまいにするようなワンパターンな内容に終始しているように思います。
なんだか何処も同じ内容で昔の様な独自の視点を持った内容のある報道は皆無です。こんなんでいいですかね。
一つの事件を全体の社会環境に安易に被せて解った様な顔で事件を語ることはとても危険だと思います。

2008年6月10日火曜日

禁煙2週間目

さて、今日で禁煙2週間目です。禁煙パッチのお陰であっと言う間に禁断症状もなく1本も吸わずにこの期間を過ごすことができました。
前回はここで油断してパッチを外して飲み会に参加したのが間違いの元でした。前回はニコチネル30mを2週間弱付けていきなり外したので禁断症状が喫煙の記憶とすぐに結びついてしまったのだと思います。
今は30mから20mに落として3日目なのでペースとしては計画通り順調です。この2週間を振り返ってみるとやはり所々でちょっと吸いたいなと思う時がありましたがほんの一瞬で、たいしたことはありませんでした。それにタスポが7月から東京地区でスタートするのは自分のモチベーション維持に良い刺激を与えてくれています。
なにしろタスポを持つというのは煙草会社にいいように操られていることを証明するようなものですし、それは自分には受け入れがたいことです。 さらに今日 煙草税を上げて1,000円にする案浮上! というグットニュースが入りました。これでさらに煙草を買う理由がなくなります。ぜひ実現して欲しい増税です。いやー本当 とてもいいタイミングで禁煙したなと我ながら思います。
そういえば禁煙パッチ ニコチネルも薬局で販売開始されましたね。これに関しては良いとも悪いとも何とも言えないですが・・。
さてとにかくここからが本番!
油断しないで頑張ります。

2008年6月9日月曜日

ふと思い出す記憶

最近幼少のころの記憶がふとはっきりと頭の中に浮かぶことがあります。禁煙の効果の一つなのかもしれませんね。
その中で今日一つ検索エンジンで確認できたことは。アグネスチャンのお帰りーただいまーどこに行っていたのーと歌っている
シーンが頭に最近浮かんでくることが頻繁にあったので調べてみたところ「アゲイン」という歌であったことが判明しました。
だからといって何がおこる訳でもなく普段通りではあるのですが。
それにしてもなんでそんな記憶が頭の中にしっかり残っているのか、不可解ですね。