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2008年5月24日土曜日

Isetan 伊勢丹

今日久しぶりに伊勢丹メンズ館に行きました。感想としてはもう終わりが始まっている感じがしたこと。
伊勢丹メンズ館は改装してからどれくらいたったのか、4年位だろうか。高額品の売上が鈍っている感じがひしひしと伝わってくる。
どうしてかといわれても勘なのですが。プロですから....。
まぁここの所のユーロ高で商品の価格が現実離れしてしまって魅力的な商品が減ってしまったことやファッション人口の減少やいろいろな
要因があるとは思いますが、この雰囲気はバーグドルフやバーニーズのリソースをパクって場を演出して来たメッキがどうも禿げて見えてしまうんですよね。どうしてなんだろ。メンズの市場って一兆円位ですからもともとパイは小さいんですがそれにも増して新しい物が何もないような感じがしてしまうんですよね。未来に向かっていく楽しみを感じない。
まぁ自分がファッションに飽きてしまったというのも多分にあるのだと思いますが。
それを演出する為には場を作る人のパッションとリスクを取る気概みたいなものがないと絶対に生まれてこないと思うのですが。
今の伊勢丹メンズ館には最初の成功の上にあぐらをかいてしまっている内に潮目が変わってしまったような雰囲気に満ちています。
何かしなければいけないのに何をしたら良いのか見えない。または旧主流派や新たな大手の癒着による揺り戻しの匂い。
僕の勘は多分あたるでしょう。新しい店を出すなら今がチャンスのように思います。

2008年5月18日日曜日

完走

今日は足柄金太郎マラソンという大会に参加してきました。15キロの距離を走ったのですが、目標にしていた一時間半を切ることができたので自分としては満足でしたが、自分の前をどんどん飛ばしていく50代 60代の方の多いのを目にして少しショックでした。
僕は10キロ過ぎた後から何度も歩きたくなる誘惑と戦いながら今にもあるきそうなペースで何とか完走できたといった感じです。
このマラソンのコースは緑の酒匂川に沿って何度かうねうねと曲がっていくコースだったので走り飽きることもなく沿道の係の方達もとても親切で気持ちの良い走りが出来たと思います。給水が4カ所くらいあったのも本当に助かりました。
ここのところマラソンブームで軒並みこういった大会は参加者が増えているそうです。
主催側の方達もかなり労力を必要としたと思います。感謝です。
僕も新参者の一人なのですが走り終わった後の気持ちの良さは癖になりそうです。長距離を走ってみて思うのが自分の呼吸の丁度よいペースを探りながらそれに合わせて走っていくうちに集団の中での自分の位置が自然に決まってくるということです。これは普段の生き方のヒントになったような気がしました。
喫煙はどう考えたって長距離を走るのにかなり悪い影響を及ぼします。完走後やめた!と思ったのですが、帰りに鶴巻温泉でひと風呂浴びて
つい一服を何のためらいもなくしている自分に我ながら呆れてしまいます。ここ最近の禁煙最長記録が一ヶ月半という情けない状態なので
禁煙ではなく煙草を近日中に止めて、次の大会では年配の方々の走りを目指します。

2008年5月17日土曜日

鉛の兵隊

昔 子供の頃絵本で母に読んでもらった忘られじ物語の一つ「鉛の兵隊」という話をふと思い出して、インターネットで調べたら、最近DVDまで出たんですね。しかもアンデルセンだったのか!知らなかったです。子供の頃、聴いた物語で頭に残るのは僕の場合こういった陰のある話が多いです。実際童話とか神話は何か理不尽な結末だったり間違った行いや生まれ持った罪に対する罰のようなものを受けて、不幸になってしまうような話が多いと思うのですが、おじが童話作家だったことと母が読み聴かせが得意ということもあって、こういった話に対する強い情緒の反応が子供の頃に多く持てたのは僕の人生においてラッキーだったと思います。
あと強く自分の中に残っている物語がアフリカの少年の話で彼が色々な場所に家を建てるのですが、いずれの家も同じ場所にいた野生動物に次々と横取りされて少年は追い出されてしまう。最後に少年はとても巨大な家を建てるのですがそこには沢山の動物が「ここは俺の家だ」
といって一斉に中に入って占拠してしまいます。すると少年はだまってその家から出て行き、そこに火を放つのです。
それからもう一つ、スィッチョンねこという話があって、お母さんが絶対食べちゃだめというのにキリギリスを食べてしまった子猫の
お腹の中で夜になるとキリギリスがスィッチョン スィッチョンと毎日泣く様になってしまったという話です。
これらの話は今でも良く思い出します。

2008年5月12日月曜日

マラソン大会に向け

さて、次の日曜日は15キロのショートマラソン大会に出る予定なので、今日はジムで1時間で10キロあまりを走りました。
この冬の練習のおかげで、大分距離が走れる様になってきましたが、今回一緒に出る約束をしていた会社の同僚に次々と裏切られ、
一人で出ることになりました。どうせマラソンは一人で走るものだからいいんですが、走った後の飯は本当に体にしみ込んで行く感じ
があってすごく美味しいし、快感なのでそれを誰とも共有出来ずに一人で食すのはやっぱりちょっと寂しいですね。
まぁ一人でもたまらない快感なのでがんばろっと。
ところで、本日村上龍氏がメールマガジンで「どこかの怪しい銀行に400億使うのなら、パンダの1億の方が有意義だ」
といったようなことを書いていたのを読んで、深くうなずいて、とても心強い気持ちになりました。
といってもその話題は世間でまともに議論される間もないまま早々と霧の様に消えていってしまいましたが。
最近こう言う感じ雰囲気が多い様に思います。思考の深みがあまり感じられない意見が世の中にぽっと出て、「おいおいそんなわけないだろ」と自分なりに反論を彼女や知人に主張して、次の日にはその話はすっとたち消えている。特に世の中の流れが早くなったとか、ネット
時代だからといったことではなく、もともと昔からそういった意見の行き来がこの国にはなかったかも知れないですけど、もう少し、そういった発言にはそれなりのまっとうなレスポンスがあったように思うのですが・・・。
なんかいまいち君が悪いと感じる今日この頃です。

2008年5月8日木曜日

パンダ外交

今日日中首脳会談がありましたが、一番大切なのはパンダがまた上野動物園に来て貰えるかどうかです。
石原都知事はパンダが死んだからと言って、特に特別な思いはない、日本の他の場所にもいるのだから観たい人はそこに行けばよい、
みたいなリンリンがなくなった直後に不謹慎極まりない発言をしていましたが、もう絶対に彼には投票しません。
またノミの心臓のくせに、一生懸命強がっちゃて!あの400億で東京中にパンダを呼んだ方がどんなにいいか。
東京マラソンも出ないぞー。
とにかく上野動物園のパンダはそれほど多くの日本人にとって思い出深いものだと個人的には思いますし、本当に石原都知事言葉がなんの効力も発揮出来ず、パンダが来るということがすぐ決まって良かった。
これで日中首脳会談の意義の殆どは果たされたと言っていいと思います。
どうせ今の日本の状態では毒餃子とか油田開発の問題は相手にスルーされるに決まっているので、これでこの問題に絡んでパンダが来なかったら何の意味も見出せないんじゃないかと思います。上野動物園は夜行性動物館がメインになってしまう。他にも沢山観るべき動物はいるにせよ上野はパンダ井の頭動物園は象の花子がいなけりゃ、やっぱり主役のいない会場になってしまう様に思います。
もちろんチベット問題も大切ですがそんなに騒ぐのなら、どこかの国が彼らの国を自国に作らせてあげればいい。
日本でもいいじゃないですか。
そしたら、パンダとダライラマ、というありがたき平和の巨頭揃いで、日本はきっといい国になるんじゃないかとおもうのですが。

2008年5月5日月曜日

日本人のお客様

僕は外資系の会社にずっと勤めて来ていますが、最近日本人のお客さんで目立つのが、「こんなの日本じゃ通用しない」とか「日本のサービスじゃ考えられない。」とか「日本人を馬鹿にしているのか」みたいなことを言っている方をよく目にしますが、本当に日本のサービスってそんなに良いものなのか?と疑問に思うことが多いです。確かに痒い所に手が届くような良いサービスはよくありますが、そういうサービスを行っている所は価格に対してそれを上乗せしていたり、消費者の面倒を見る代わりにそれにかかるコストを薄ーく上乗せして、消費者の考えなければいけない所を見えなくして上手くだまし取ってる所が多い様に思います。ただ、日用品等は逆に消費者の無言の圧力から今迄値上げ出来なかったのだけれども、それにかかるコストを安くする為に行っていたいろんな偽装がばれて、さらにそうこうしている間に原価自体が世界の情勢により上がってしまった為に値上げせざる負えなくなった。結局日本のいいサービスを受けるために一番損しているのは消費者自身という皮肉な結果になってしまっているのが実情で、これがいわゆる「日本のいいサービス」現実だと思います。
そう考えると西洋のサービスの考え方は最初からそれにコストが伴うという意味合いが日本よりはっきりしていて、サービスの度合いによってその値段もはっきりとしています。本当に一流の西洋のサービスは日本よりずっと優れていると思います。
したがってリーズナブルなプライスのものを求める場合はそれなりに消費者の労力も必要とするということを消費者自身も自覚しています。
その方がより明快でフェアで対等な関係であるように思います。
逆に日本は消費者がすべての労力を供給者に委ねてしまった為に日本独自の良いサービスというハリボテのサービスを無料でしてもらっているような感覚に騙され、気づかれない様にうらからそっと財布からお金を抜き取られているような総合的な消費詐欺にあっているような気がします。でなければ時間外のATM利用料が100円も取られたり、各商社が資源高によってやも負えず値上げしたはずなのに増益決算だったりしても何かおかしいと誰も言わないのか説明できません。
もちろん本当に良いサービスを行っている所も沢山日本にあることは僕も理解していますが・・・。
僕もなんだかんだ言ってそういうふうに便利だからいいか。とかすめ取られている消費者の一人ですが、もう少しよく考えようと考えた今日一日でした。

2008年5月3日土曜日

幸せな午後

今日は久しぶりの休日休みで、起きたら午後一時をすぎていたので軽く朝食と昼食のハイブリッド食を食べて、昨日I tunes storeで購入した
音楽を家のステレオ(今でもこう言っていいんでしょうか)で聴きながらコーヒーをもう一杯飲んでゆっくり時間を過ごしていたらあっという間にもう四時です。でもこんな時間の過ごし方はとても久しぶりだったように思います。やれジムだとか英語の勉強とか十代から20代前半の頃散々こういった怠惰な毎日を送って来たツケを今払っている為に、自分の心地よい時間が本当に最近めっきり減っていたことに今日改めて気づかされました。聴いていた曲はかまやつひろしの「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」とRCサクセションの「トランジスタラジオ」の2曲を繰り返しさっきまで聴いていました。もちろん両方とも僕の大好きな曲ですが、I tunes storeで探したらあったので購入して
改めて聴くとやっぱりいい曲で、こんな気持ち上手く言えたことがない ai aiな気分に今浸っています。
僕は思春期の頃は洋楽しか聴いていなかったので、日本の名曲には20代後半位のふとした時に出くわしたことが多く、上記の2曲はそれぞれ別の時期で別の場所のコンビニでSPAとかを立ち読みしている時に耳にした音楽だったと記憶しています。
なぜ突然そんな昔の曲がそこで流れて(有線だと思いますが)僕を刺激したのかは良くわかりませんけど、やっぱり何度聴いてもいいものはいい。
僕の知らないいい歌ってきっとまだまだ沢山あるのだろうなと思った今日の午後でした。