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2007年10月12日金曜日

ついに禁煙成功

とても久しぶりにブログを更新します。
まぁ誰も読んでないだろうからいいんですけど、ついにやりました。禁煙成功!
どのように成功したかといいますと、35歳あたりから年に2回以上は禁煙にトライしようとしてろくな成果もなく毎回失敗していたのですが、今回は医者に行ってニコチンパッチを処方してもらいました。一度使用したことがあるのだけれど、その時は使用方法が間違っていたらしく、日中だけ貼って寝る時には剥がしていたのですが、一日中24時間貼りっぱなしにしなくてはいけないということで、今回は
お医者さんのいうとおり一日中貼りっぱなしにして臨みました。そうすると、ニコチンの作用でやけにリアルで鮮明な夢を毎日見るように
なりました。中にはえっちでリアルな感じなやつも見ることが出来て最初の2週間なかなか充実したドリームライフを送ることができました。正直言うとその2週間の間に3本くらいパッチ貼りながら吸っちゃったりしましたが、ニコチンの摂り過ぎで気持ち悪くなったりして
徐々に喫煙イコールニコチン補充という自分に刷り込まれている中毒習慣からはなれて一日一日を過ごせるようになっていきました。
もう一度通院してさらに2週間分のパッチ(大)をもらいさらに5日ほど過ごしている内にパッチによる夢も見なくなり、かぶれて痒くなったり、皮膚から摂取しているニコチンが不快に思われてきて、一週間前に新しく貼り替えるのを忘れて出勤したのをきっかけにして
パッチを貼るのを思いきって止めてみました。そうするとやはりニコチンの威力は凄く2〜3日意識が飛ぶような感じの眠気に襲われたり、落ち着きのない感じがずっと続く感じのする、いつものひどい離脱症状が出たのですが、その解消に喫煙という行動に頭の中で無意識の状態で結びつかずに済み、ピークを越すことができました。禁煙セラピー等にはニコチンの禁断症状はないに等しいみたいなことが
書かれていますが、命に別状はないもののやっぱり強烈にキツいと僕は思います。乗り越えるのは簡単じゃないっす。
それからさらに今十日程経ちますが、快調です。呼吸が楽になり、眠りが深くてとてもいい感じです。ようやく、40前に喫煙を止めることが出来そうです。

2007年6月22日金曜日

Paul Mccartney ニューアルバム

ポールマッカートニーのアルバムメモリーオールモーストフルが6月初旬に発売されましたが、やっとじっくり聞き込むことが出来たので、レビューを簡単に書きたいと思います。今回ははじめてアイチューンストアからダウンロードして購入したのですが、そのままランダムモードで聴くとちょっとこれどうなんだろうと最初正直思いました。しかし気を取り直し改めて順番通りに聴くと、やっぱりポールは健在でした。アルバムはやっぱり順番通り聴かないと、創った人に失礼ですね。デヴィットカーンのプロデュースらしく、ストレートなロックナンバーとポールのメロディアスなポップさが上手く解け合って仕上がっている印象をうけました。ただシングルのDance Tonightはシンプル過ぎてポールじゃなかったら公式に流れないんじゃないかって思いました。あとThat was me と Nod your Headは同じ曲なんじゃないかと思うんですがねぇ。これらの気になる部分を除けばとても好きな曲が多く、良いアルバムだと思います。 それにしてももう65歳で自分のお袋さんと同い年なのにきちんとハイレベルな楽曲を作り続けているポールはすごいと思います。「ちょっとラジオで流れるようなポップソングが作りたかった」といってMy present past を軽く作っちゃうところなんかは脱帽ですし、See your Sunshineのベースプレイもたまらないですし、Mr Bellamy でのBeatles 時代のRocky Raccoonの流れを汲むポールのショートストーリも健在ですね。Vintage Clothesも合唱コンクールで歌えそうな覚えやすいメロディーで、とても美しく、ど真ん中直球すぎるのがきてます。これがポールの魅力だと思うのですが。
今回はやはりプレイベートのこともあってか、ラブソングはあまりなく、明るく振る舞っている中になんとなく
ポールの孤独感というか虚脱感の様なものが見え隠れしているような気がします。それでも音楽で表現し続け前に進んでいくしかないんだ。とでもいうようなポジティブな姿勢に今回もばっちり勇気を頂きました。

2007年6月9日土曜日

地球温暖化と喫煙問題

この間テレビを見ていて、ヨーロッパで自分が排出した二酸化炭素分のお金を払うと、温暖化対策をしている企業に投資され、その分がチャラになるという話を見ました。なんだか違和感がある。机上の計算ではそうだけど本当にそうなのでしょうか。僕が高校生の時煙草
一本がみかん二つでチャラになるなんて話をしていたのですが何だかそれに似ている話のような気がして、自分だったらどうするだろう
と考えてみました。例えば自分がタクシーに乗って飛行機で何処かに行き、その分の排出に酸化炭素量分を支払う。電気消し忘れて、その分の二酸化炭素量の金額を払う。人の意思にまかすより、うーん税金にした方がフェアまじめな取り組みなんじゃないのか。どちらにせよ
その払ったお金からその機関で働く人の給料も支払われているはずで、なんだか純粋なシステムのようには思えない。
なにかがインチキ臭く感じてしまうんですが。でも何もしないよりは前向きで良いのかもしれない。
止めた方がいいのに止められない喫煙の問題に何だか似ている気がしますね。自分の肺を汚してしまった罪悪感をスポーツジム行ったりして健康に修復している自分の姿に重なりました。地球も僕の肺の何億倍もの時間のスパンのなかで人間によって汚されている。
そう考えるとちょっとこの問題が身近に感じられてきました。

2007年6月3日日曜日

禁煙? 喫煙?

僕は喫煙者ですが、これに関しては割と筋金入りで17歳の時から吸っていて、流石に33歳辺りを過ぎた辺りからもう止めなあかんと
思い挑戦した禁煙回数は数知れずですが、まだ成功したことはありません。一番長く成功したのが半年間で、それ以降は1週間前後しか
持たず、意志の弱い嘘つきの座に甘んじています。やはりアレンカー著の禁煙セラピーが一番説得力があり論理的で、喫煙の仕組みと麻薬中毒であるということをはっきりと解りやすく自覚させ、喫煙者の言い訳を見事に論破し、やっぱりやめよっと言う気持ちにさせてくれます。半年禁煙できたのもこの本のおかげでした。
また吸ったので意味ないですけどね。そろそろもう一度禁煙に挑戦しようと思います。よく考えてみると禁煙してたときの方が、良く眠れたしご飯も美味しかったし、活発に行動できていたのでいいこと尽くめだったと思います。
なのになぜ吸ってしまうのか?
やっぱり洗脳されているでしょうね。ちょっとほっとしたい時、退屈を紛らわしたいと思った時、物思いに耽りたい時、にちょっと火を付け、煙を燻らしてちょっとカッコいいみたいなイメージが染み付いてしまっていて、さらに健康優良児のいい子ちゃんはごめんだ。みたいなちょっとあまのじゃくな意味のない反骨精神のつぼを刺激するものがあるんですよねぇ。おまけにニコチンの禁断症状と重なって止められなくなってしまう。
たばこ会社の戦略に踊らされている!
そう思いながら煙草を取り出している僕。
今週中にもう一度禁煙セラピー読んで禁煙します。

2007年5月30日水曜日

温泉旅行

先日群馬の四万温泉に一泊で行ってきました。中々やわらかいお湯で、旅館の食事もおいしくて、久しぶりにゆっくりできました。
ところで、群馬と長野って似た地域だと思うのですが、長野に比べて、群馬はぐっと寂れた感じがしました。温泉やスキー場や高原の自然など特色はかなり共通点があるのに、久しぶりに群馬に行ってみるとかなり古びてしまった感じがしました。県政の違いなのだろうか、
それとも軽井沢とかもともと長野の方がいろいろな面で有利な土地柄なのか、それとも県民の性質上の違いなのか.....。
群馬のそういった地味さも悪くないし、そのままで至って良いと思うのですが、商売っ気を持った目で見るともうちょっとなんかこう
上手く出来そうな気もするんですが、それは観光客の勝手な見方でしょうか。余計なお世話ですよね。

2007年5月27日日曜日

トイレット

突然ですが、僕は朝寝起きが悪く、出勤して電車に乗る迄無意識でいることも珍しくありません。電車に乗ってからだんだんと目が覚めて
くるのですが、その後、ウンが来ているときは腸が突然活発に動きだし、猛烈にトイレに行きたくなることが多いです。
状況によりますが、途中下車も年に10回以上はしていると思います。そういう体質なので自分に取っての主要駅のトイレは把握しています。朝のミーティングなどもそれが原因で遅れたことも多いので、大事な予定の30分前には目的地に着くようにしています。10分前
位だと席に着いたとたんお腹グルグルと唸りだしてかなりつらい思いをしたことが多々あるのでとても不安になります。
今迄一番辛かったのは、建設中のビルでのミーティングで、少しヤバいかもなと思いつつ約束の時間ぎりぎりに目的地に着いたので、
そのままビルに入り仮設のプレハブミーティングルームに入り出された冷たいお茶を飲んだとたん腸内ビックバーンがやってきました。
会議が始まる前にトイレを案内してもらってほっとしたのも束の間、トイレのドアを開けたら小用便器一つだけの男子トイレで、そのまま
言い出すことが出来ず小をちょろっとだけして、会議に戻ったのですがその後がもう何度防波堤を越えてしまいそうになったかわかりませんが、2時間、ただただ持ちこたえることに命がけで会議が終わるのを待ったことがあります。本当にあれは地獄でした。終わった後走って近くのデパートのトイレに駆け込んでことなきを得ましたが、あれをもう一度同じ状態を繰り返したら確実に悲劇的結末が待っていることでしょう。あの時の忍耐力がいつもあればなぁとしみじみ思います。

2007年5月22日火曜日

さてTOEIC

そういえば今週末TOEICの申し込みをしていたのを忘れていた。受験票が届き思い出したのだけれど、今回何の準備もしていない。
TOEICって実際の英語コミュニケーション能力とはちょっとギャップを感じるけれど、点数の目標をもって望めるから勉強の指標になって
具体的な励みになるのは確かだと思うが今回はちょいとまずいなぁ。
まっいっか。僕は高校時代授業をさぼりまくり、2浪の末(1勝13敗)3流大学に入り、大学時代もバイトに明け暮れ、社会人になって
5年が過ぎたあたりから徐々に勉強するようになったのだけど、実際社会人になってからの方が全然勉強するようになった。覚えは10代の頃から比較すると格段に悪いし、若い頃から勉強することが習慣になっていなかったこともあって、要領もよろしくない。だけれども、
今ある程度勉強する意欲があるというのはいいことだと思う。学ぶことは昔より今の方がずっと楽しいし、浪人時代から身に付いた読書癖も今や趣味の域に達した。昔勉強のことで誇れることが小学校位まで遡らないと何もないため、逆にそれが糧となって勉強する意欲につながっているように感じる。どちらにせよ今何を目標にして何をしなければいけないのかと考えることの重要性が身にしみる今日この頃。
過去の成功や良かった思い出話に明け暮れて今を過ごしていくのはやっぱしご免だと思う。
だんだんと死んでいくような毎日を肌で感じてしまう様な生活からは出来るだけ逃げていたいから。
と偉そうなことを言っているが、ただ飽きっぽいだけかもしれませんね。結果が伴わないとだめですね。がんばろっと。